医師1人でも医療法人はつくれる?
「一人医師医療法人」の基礎知識と検討のポイント
「医療法人」と聞くと、複数の医師が勤務する病院や大きなクリニックを思い浮かべる方が多いかもしれません。そのため、院長お一人で診療している先生の中には、「うちの規模では法人化は関係ない」と考えて、はじめから選択肢に入れていないケースも見受けられます。
しかし実際には、医師(歯科医師)が1人または2人の診療所でも医療法人を設立することができ、法人数で見ると、むしろそうした小規模な医療法人が多数を占めています。本記事では、ある歯科医院の医師の事例をもとに、「一人医師医療法人」の制度の概要と、法人化を検討する際に押さえておきたいポイントを解説します。
1. よくある思い込み ― S医師(48歳)のケース
S医師のご相談 私は歯科医師で、歯科クリニックを経営しています。医療法人にすると節税面で効果的な場合があると聞きました。しかし、医師は私1人で、とても「法人」と称するような経営はできないのではないでしょうか? |
つまずきのポイント
S医師は、医療法人を「大規模な経営体」というイメージでとらえ、ご自身のクリニックには当てはまらないものとして、経営プランの選択肢から外してしまっていました。
考え方のポイント
一般的に「医療法人」というと大規模な印象がありますが、法人数で見ると、常勤の医師が1人または2人で運営される「一人医師医療法人」が大半を占めています。医師1人という規模であること自体が、法人化を見送る理由になるとは限りません。法人化によるメリットが見込めるのであれば、医師1人の診療所でも、選択肢の一つとして前向きに検討する価値があるといえるでしょう。
2. 一人医師医療法人とは
法律上の位置づけ
「一人医師医療法人」は通称であり、医療法上、設立・運営・権利義務について、ほかの医療法人と区別する規定は設けられていません。つまり、規模が小さくても、医療法人としての性格や取扱いは基本的に同じです。
医療法人全体に占める割合
制度創設後、一人医師医療法人は急速に増加しました。厚生労働省の「種類別医療法人数の年次推移」によると、医療法人全体の多くを一人医師医療法人が占める状況が続いています。「医療法人=大規模」というイメージとは異なり、小規模な診療所の法人化は広く一般的に行われているといえます。
補足:現在新たに設立できるのは「持分なし」の医療法人 平成19年4月施行の医療法改正(第五次医療法改正)以降、新たに設立される社団医療法人は「出資持分のない医療法人」に限られています。出資者が払戻しを受けられる持分がなく、解散時の残余財産は国や地方公共団体などに帰属する仕組みです。法人化を検討する際は、この点も理解しておくことが大切です。 |
3. 法人化によって期待できる主なメリット
一人医師医療法人にすることで、一般に次のようなメリットが期待できます。ただし、効果の大きさは診療所の所得水準やご家族の状況などによって異なります。
● 税率構造の違いを生かせる可能性:個人の所得税は所得が増えるほど税率が上がる超過累進税率ですが、法人には法人税等が課されます。一定以上の所得がある場合、法人と理事長個人に所得を分けることで、全体の税負担が軽くなる可能性があります。
● 役員報酬に給与所得控除が適用される:理事長は法人から役員報酬を受け取る形になり、給与所得控除の適用を受けられます。ご家族が理事等として実際に業務に従事する場合は、その職務に見合った報酬を支払うことも考えられます。なお、役員報酬を法人の損金に算入するには、定期同額給与等の要件を満たす必要があり、不相当に高額な部分は損金に算入できません。
● 役員退職金を支給できる:個人事業では院長自身に退職金を支払うことはできませんが、医療法人では、勤続年数や功績に応じた適正額の役員退職金を支給でき、退職所得として比較的有利な課税を受けられる場合があります。
● 社会的信用の向上:法人として財務内容が明確になることで、金融機関や取引先からの信用が高まり、資金調達や人材採用の面でプラスに働くことがあります。
● 事業承継がしやすくなる:個人診療所では、承継の際に廃業と新規開設の手続が必要になるのが一般的です。医療法人であれば、理事長を交代することで法人として診療所を継続しやすく、お子さまへの承継を考えている場合に有効なケースがあります。
● 事業展開の選択肢が広がる:医療法人では分院の開設や、介護関連事業など一定の附帯業務を行うことが可能です。将来の事業展開を視野に入れている場合の選択肢になり得ます。
4. 見落としやすいデメリット・注意点
一方で、法人化には次のような負担や制約もあります。メリットとあわせて、総合的に判断することが重要です。
● 交際費の損金算入に限度額がある:個人の場合は業務との関連性が認められれば必要経費に算入できますが、法人の交際費は損金算入に限度額が設けられています。中小法人に該当する場合は、年800万円までの定額控除限度額か、接待飲食費の50%相当額のいずれかを選択する形になります。
● 社会保険への加入が必要:法人は従業員数にかかわらず健康保険・厚生年金保険の適用事業所となります。理事長や職員の保険料負担が増える可能性があり、医師国保に加入している場合の取扱いなども確認が必要です。
● 剰余金の配当ができない:医療法人は剰余金の配当が禁止されており、法人に蓄積した利益を自由に個人へ移すことはできません。院長個人の資金と法人の資金は明確に区分されます。
● 解散時の残余財産の帰属:前述のとおり、持分のない医療法人では、解散時の残余財産を出資者個人が受け取ることは想定されていません。
● 設立手続・事務負担:設立には都道府県知事の認可が必要で、申請受付の時期が限られている自治体も多く、準備から設立まで数か月以上かかるのが一般的です。設立後も、毎年の事業報告書等の提出や役員変更の登記などの事務が発生します。
● 役員体制の整備:医療法人には原則として理事3人以上・監事1人以上を置く必要があります。(ただし、理事は都道府県知事の許可があれば、理事は1人または2人でも良いです。) 監事は理事や職員との兼務ができないため、適任者の確保も検討事項になります。
個人診療所と一人医師医療法人の比較(概要)
項目 | 個人診療所 | 一人医師医療法人 |
課税のしくみ | 所得税(超過累進税率・最高45%)+住民税 | 法人税等(所得に応じた税率)+理事長個人の役員報酬に所得税等 |
院長(理事長)の収入 | 事業所得(利益がそのまま所得) | 役員報酬(給与所得控除の適用あり) |
退職金 | 原則として支給できない | 役員退職金の支給が可能(過大な部分は損金不算入) |
交際費 | 業務との関連性があれば必要経費に算入可 | 損金算入に限度額あり |
社会保険 | 常勤従業員5人未満などの場合は任意適用 | 従業員数にかかわらず強制適用 |
事業承継 | 廃業・新規開設の手続が必要になるのが一般的 | 理事長の交代により法人として継続しやすい |
事務・手続 | 比較的簡便 | 設立認可、登記、事業報告書の提出などが必要 |
※上表は一般的な比較です。個別の取扱いは状況により異なります。
5. 法人化を検討する際の進め方
法人化が有利かどうかは、現在の所得水準に加えて、今後の経営方針やライフプランによっても変わります。検討の際は、次のような流れで整理すると判断しやすくなります。
1. 現状の把握:直近数年の所得の推移、ご家族の関与状況、設備投資や借入の予定などを確認します。
2. 将来像の整理:引退の時期、お子さまへの承継の意向、分院展開の可能性など、中長期の方針を考えます。
3. 税額・手取りのシミュレーション:個人のまま続けた場合と法人化した場合で、所得税・法人税・住民税、社会保険料を含めた負担や手取り額を比較します。
4. スケジュールの確認:都道府県の申請受付時期や医療審議会の日程を踏まえ、設立までの段取りを立てます。
5. 専門家への相談:税務・法務・行政手続にまたがるため、早めに税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
税務POINT! 診療所の社会的信用を高めたい場合や、お子さまへの事業承継を考えている場合などには、個人診療所から一人医師医療法人への移行が有効なケースがあります。一方で、交際費の損金算入に限度があることや社会保険の強制適用など、法人ならではのデメリットもあります。 有利・不利の判断は経営状況によって大きく異なりますので、個人診療所のまま続けた場合と一人医師医療法人にした場合の税額比較などについて、税理士に相談されることをお勧めします。 |
まとめ
医療法人は大規模な医療機関のためのものと思われがちですが、実際には医師1人・2人の診療所が法人化しているケースが多数を占めています。S医師のように「規模が小さいから」という理由で選択肢から外してしまうと、税負担の軽減や円滑な事業承継といった可能性を検討しないまま過ごすことになりかねません。
もっとも、法人化はメリットばかりではなく、事務負担や資金の自由度の制約といった面もあります。ご自身のクリニックにとってどちらが適しているのか、数字に基づいて冷静に比較することが大切です。当事務所でも、医療法人化のシミュレーションや設立に向けたご相談を承っておりますので、お問い合わせください。
【免責事項】
本記事は、医療法人制度および所得税・法人税に関する一般的な情報提供を目的として作成したものであり、特定の事案に対する税務判断や専門的助言を提供するものではありません。
記事の内容は2026年9月の法令、通達、税制改正等に基づいていますが、今後の法令改正や行政解釈の変更により、記載内容が適用できなくなる可能性があります。
本記事の内容の正確性・完全性について保証するものではなく、読者が本記事の情報を利用したことにより生じたいかなる損害についても、当事務所は一切の責任を負いません。
実際の検討にあたっては、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。


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