医療法人の相続シリーズ①理事長・院長が亡くなったら、医療法人はどうなるのか
「うちは医療法人にしてあるから、相続は大丈夫」。そう思っている理事長や院長先生は少なくありません。しかし実務では、医療法人にしていたからこそ相続で身動きが取れなくなる、というケースが繰り返し起きています。
鍵になるのは「持分(もちぶん)」という、聞き慣れない権利です。今回はここに絞って、医療法人の相続で何が起きるのかを整理します。
1. 相続で問題になるのは「持分あり医療法人」
医療法人は社団と財団に分かれ、社団はさらに「持分あり」と「持分なし」に分かれます。一般的に相続で問題になるのは、このうち持分ありの社団医療法人です。
なぜ評価額が上がるのか
医療法人は、剰余金の配当が禁止されています(医療法54条)。この「配当禁止」が、重要なポイントです。医療法人は利益を配当で外に出せません。その結果、稼いだ利益は毎年ひたすら内部に積み上がり、純資産が膨らみ続けます。
一方、持分の相続税評価は、取引相場のない株式に準じた方法(純資産価額方式など)で行われます。純資産が膨らめば、持分の評価額もそのまま膨らみます。
「出資したのは30年前の1,000万円だけ。それなのに相続税評価は数億円」――医療法人の相続で最も典型的な光景です。しかも医業用の不動産や医療機器は簡単に売れず、納税資金は手元にありません。
さらに厄介なのは、法人側も無傷では済まないこと
相続人が納税資金を確保しようとして持分の払戻しを請求すれば、法人はその巨額の資金を用意しなければなりません。承継したはずの病院・診療所の財政基盤が、相続をきっかけに崩れる。持分が「経営の永続性を脅かす」と言われるのは、このためです。
2. 現場でよくある4つの誤解 (社団医療法人)
誤解① 持分を放棄すると社員でなくなる
社員としての地位(社員権)と、出資した持分は別物です。持分を放棄しても社員をやめることにはならず、経営から外れるわけでもありません。この誤解は、持分なし法人への移行をためらわせる代表的な原因といわれています。
注:ここでの社員とは従業員の社員という意味ではなく、医療法人の最高意思決定機関
である社員総会のメンバーの構成員のことをいいます。 (次の誤解②でも同様です。)
誤解② 相続人は当然に社員になれる
なれません。持分は財産なので相続されますが、社員権は当然には承継されず、相続人が社員になるには社員総会の承認が必要です。承認が得られなければ、相続人は「持分だけ持った部外者」になり、払戻請求という形でしか権利を実現できません。同族外の社員がいる法人では社員総会で相続人が社員として選ばれないという、現実的なリスクです。
誤解③ 理事長の地位も相続できる
理事長は、医師又は歯科医師である理事の中から互選で選ばれます(知事の認可がある場合を除く)。医師免許のない相続人は、持分を相続しても理事長にはなれません。「後継ぎがまだ医学生」「子は医師ではない」というケースでは、財産(持分)と経営(理事長)を切り離して設計する必要があります。
誤解④ 出資額限度法人にすれば評価が下がる
下がりません。出資額限度法人は、払戻額を実際の払込額までに制限する旨を定款に定めたものですが、平成16年の国税庁の照会回答により、相続税評価は通常の持分あり医療法人と変わらないことが明確化されています。定款を変えればいつでも通常の法人に戻せる以上、評価を下げる理由がない、という整理です。相続税対策としては使えません。
3 対策の柱は「持分なし医療法人への移行」
根本的な解決策は、持分そのものをなくすことです。持分がなくなれば、その後の相続で医療法人の財産が課税対象になることはありません。
認定医療法人制度(移行計画の認定制度)
厚生労働省は平成26年、移行を後押しするために認定医療法人制度を創設しました。厚生労働大臣の認定を受けて移行計画を進める法人については、移行の過程で生じる相続税・みなし贈与税が100%猶予され、移行完了などの要件を満たせば最終的に免除されます。
【重要】適用期限が3年延長されました(令和11年12月31日まで)
この制度の適用期限は長らく令和8年(2026年)12月31日とされ、4回目の延長が要望されていましたが、令和8年度税制改正により、令和11年(2029年)12月31日まで3年間延長されることが決まりました。検討の時間的な余裕は生まれましたが、これはあくまで「移行計画の認定を受ける期限」である点に注意が必要です。
【延長後の期限まわりの整理】 認定申請の期限 … 令和11年(2029年)12月31日まで(3年延長) 移行の完了 … 認定を受けた日から5年以内(令和5年度改正で3年以内から緩和済み) 移行後の要件維持 … 6年間。毎年、運営状況を厚生労働大臣に報告する義務があります |
ですが、「令和11年末まで延びたのなら急がなくてよい」という理解は危険です。同族役員を3分の1以下にする体制づくり、定款変更、移行計画の作成・申請、出資者全員との合意形成まで、準備から認定までは年単位の時間がかかります。要件の一部は直前期の決算数値で判定されるため、その期に満たしていなければ申請が丸1年先送りになることもあります。
新設なら基金拠出型
これから法人化する場合は、実務上ほぼ基金拠出型の持分なし医療法人になります。拠出者は基金の額を限度に返還を受けられるだけで、利息も付きません。基金は額面で評価されるため、相続・贈与でも評価が膨らまず、法人の財政基盤への影響も小さく抑えられます。
移行しない、という選択をする場合
移行には、法人が同族の手を離れるという実質的な効果も伴います。移行しない判断もあり得ますが、その場合は次の備えが不可欠です。
1. 持分の相続税評価額を今の時点で把握しておく(毎期、純資産とともに動きます)
(ただし、2026年8月の報道によると「非上場株式(取引相場のない株式)の
評価ルールの抜本的見直し」が予定されており、この見直しの改正が決定されると
医療法人の持分評価も大きな影響があると予想されます。)
2. 納税資金の手当て(生命保険、役員退職金原資、金融機関との事前協議)
3. 相続人が複数いる場合の分割方針。持分の分散は、将来の払戻請求リスクを増やします
4. 社員構成の点検。同族外の社員がいる場合は、承認プロセスを事前に整理しておく
4. まとめ
● 相続で問題になるのはほとんどが「持分あり医療法人」。
持分は出資額に応じて払戻し・残余財産分配を受ける財産的権利で、相続税の課税対象に
なります。
● 配当が禁止されているため利益が内部留保され、持分の評価額は年々膨らみます。
出資額と評価額の乖離が最大の論点です。
● 持分の放棄と社員の地位、社員権の相続、理事長の要件、出資額限度法人の評価。
この4点は誤解が多いので要確認。
● 抜本策は持分なし医療法人への移行。認定医療法人制度の認定期限は、令和8年度税制
改正により令和11年(2029年)12月31日まで3年延長されました。
ただし移行完了は認定から5年以内、その後6年間の要件維持が必要です。
次回は、医療法人の相続シリーズ②では持分の相続税評価が実際にどのように計算されるのかを、具体的に見ていきます。
【免責事項】
本記事は、医療法人制度および相続税・贈与税に関する一般的な情報提供を目的として作成したものであり、特定の事案に対する税務判断や専門的助言を提供するものではありません。
記事の内容は2026年9月の法令、通達、税制改正等に基づいていますが、今後の法令改正や行政解釈の変更により、記載内容が適用できなくなる可能性があります。
本記事の内容の正確性・完全性について保証するものではなく、読者が本記事の情報を利用したことにより生じたいかなる損害についても、当事務所は一切の責任を負いません。
医療法人の持分、認定医療法人制度、相続税評価、納税猶予制度等は、個々の法人の状況や出資者構成により結論が大きく異なります。実際の検討にあたっては、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
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