医療法人の相続シリーズ②医療法人の「持分」の評価について
医療法人の相続シリーズ①回では、医療法人の出資持分に対する相続税の問題が、持分あり医療法人で生じることを整理しました。今回はその「持分」そのものを掘り下げます。
押さえるポイントは2つです。
①持分と社員(注)の地位は別物であること
②持分の払戻し・相続・放棄には、それぞれ課税上の論点があります。
納税資金を法人からの払戻しに頼る場合などには、医業継続に必要な資金が流出する
おそれがあります。
順に見ていきます。
注:ここでの「社員」とは従業員(スタッフ)の社員という意味ではなく、医療法人の最高意思決定機関である社員総会のメンバーの構成員のことをいいます。 (以下、同様です。)
1.社団医療法人の 「持分」と「社員の地位」は、まったく別のもの
持分あり社団医療法人を理解するうえで、最初につまずきやすいのがここです。株式会社の株式は、財産権と議決権が一体になっています。しかし医療法人では、この2つが切り離されています。
議決権は「1人1票」
社員総会での議決権は、出資額の多寡にかかわらず社員1名につき1個です。株式会社のような資本多数決ではありません。非営利法人としての性格を踏まえた制度設計です。
その結果、「持分は持っているが社員ではない人」も、「持分はないが社員である人」も存在し得ます。
出資者名簿と社員名簿は、別々に確認する必要があります。
持分を放棄しても、社員のまま
持分を放棄しても社員権は失われません。引き続き社員総会で議決権を行使し、法人運営に関与できます。
「持分を放棄したら経営から締め出されるのではないか」という誤解は、持分なし医療法人への移行をためらわせる最大の心理的な壁の一つです。
しかし法的には、放棄するのは財産権だけです。ここを取り違えたまま議論が止まっている法人は、実務でもよく見かけます。
相続すると、どうなるか
出資者である社員が亡くなった場合、財産権と地位で扱いが分かれます。
● 出資持分 … 財産なので、当然に相続人へ相続される
(定款による別段の定めがある場合を除きます。)
● 社員の地位 … 当然には相続されない。相続人が社員になるには社員総会の承認が
必要(厚労省のモデル定款14条1項)
● 理事長の地位 … 医師又は歯科医師である理事の中から互選(医療法46条の6第1項)。
相続人に医師免許がなければ就任できない
(都道府県知事の認可がある場合は別)
つまり相続人は、「多額の相続税がかかる財産だけを引き継ぎ、経営には関与できない」という立場になり得ます。この非対称が、後で見る払戻請求の引き金になります。
| 株式会社 | 医療法人(持分あり) | 医療法人(持分なし) |
最高意思決定機関 | 株主総会 | 社員総会 | 社員総会 |
議決権 | 株式数に比例 | 社員1名につき1票 | 社員1名につき1票 |
代表者 | 代表取締役 | 理事長 (医師・歯科医師) | 理事長 (医師・歯科医師) |
構成員の財産的権利 | 株式(財産権と議決権が一体) | 出資持分 (財産権のみ) | なし(基金拠出型は劣後債権に類似) |
配当 | 可 | 不可(医療法54) | 不可(医療法54) |
残余財産の帰属先 | 株主 | 出資者(退社時は払戻請求可) | 国・地方公共団体等 |
2. 膨らんだ持分の「4つの出口」― どれを選んでも課税される?
配当が禁止されているため、利益は法人内部に積み上がり続けます。
医療法人の持分評価では、純資産が重要な評価要素となります。そのため、利益の蓄積によって純資産が増えると、持分の評価額も高くなることがあります。
以下では、純資産価額方式で評価する場合を例に説明します。
前提となる設例 設立時の出資総額 5,000万円 → 現在の法人の評価額 30億円(60倍) 出資者A 3,000万円(60%) → 18億円 出資者B 1,000万円(20%) → 6億円 出資者C 500万円(10%) → 3億円 出資者D 500万円(10%) → 3億円 |
出口① 退社して払戻しを受ける
出資持分を有する社員は、定款に基づき退社する際、持分に相当する財産の払戻しを請求できます。Aが退社時に18億円を請求すれば、法人はその資金を捻出しなければなりません。医療機器の更新や建替資金が消え、医業経営継続に直接的なダメージになります。
出口② 持分を持ったまま相続が発生する
Aが死亡すれば、相続人Yが18億円の持分を相続し、多額の相続税が課されます。持分は換金性が低く、納税資金がありません。結局、相続人Yは法人に払戻請求をすることになり、出口①と同じ資金流出が起こります。
出口③ 生前に持分を放棄する
では相続税を避けるために、Aが生前に持分を放棄したらどうなるか?
放棄された持分は残った出資者B・C・Dに帰属します。B・C・Dの持分の価値がその分だけ増える、という経済的利益が生じるため、これが「みなし贈与」として贈与税の対象になります(相続税法9条)。
B・C・Dは合計で18億円という大きな金額の持分が増え、その納税資金のためにやはり払戻請求をすることになります。
出口④ 出資者全員で放棄する
それなら全員で放棄すれば、と考えます。
A・B・C・Dの全員が放棄すれば、全員が持分を放棄して持分なし医療法人へ移行すると、持分は消滅し、その経済的利益は医療法人に帰属します。
これにより親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められる場合には、法人に贈与税が課されます。
一定の要件を満たさない限り、医療法人を個人とみなして贈与税が課されるのです。
ルート | 何が起きるか | 課税 |
① 退社・払戻し | 法人が18億円を支払う | (払戻しを受けた個人に所得課税) |
② 保有したまま相続 | 相続人が持分を取得 | 相続人に相続税 → 払戻請求 |
③ 生前に一部が放棄 | 残存出資者の持分が増加 | 残存出資者にみなし贈与税(相法9) |
④ 全員が放棄 | 持分が法人に帰属 | 法人にみなし贈与税 (相法66④) |
重要なのは、①〜④のどのルートでも、最終的に医療法人から現金が出ていくことです。
持分は「高額な課税財産でありながら、その中身は医業に不可欠な建物・医療機器・運転資金であり、現金化できない」。この矛盾が、医療法人の永続性を脅かす問題の核心です。
そして④の「一定の要件」を満たして課税を回避する仕組みが、認定医療法人制度です。
制度の意味は、この4つの出口を並べて初めて腑に落ちると思います。
3. 実務として、まず何を確認するか
ここまでの話を、自院に当てはめるための最初の一歩は次の4点です。
1. 現時点の持分の評価額を算定する。純資産と連動して毎期動くことが多いため、一度だけでなく定期的に。不動産の含み益も評価額を押し上げます。
2.定款を確認する。退社時の払戻し、残余財産の分配、社員資格の得喪に関する条項がどう書かれているか。
3. 出資者名簿と社員名簿を突き合わせる。誰がいくら出資し、誰が議決権を持つのか。両者のズレは相続時に表面化します。
4. 出資者の中に高齢者や同族外の者がいないかを確認する。相続や退社が近い出資者がいる場合、検討の優先度は跳ね上がります。
そのうえで、持分ありのまま承継するのか、持分なしへ移行するのかを判断することになります。
認定医療法人制度の認定期限は、令和8年度税制改正により令和11年(2029年)12月31日まで延長されましたが、移行完了は認定から5年以内、その後6年間の要件維持が必要です。
準備には年単位の時間がかかります。
4. まとめ
● 持分(財産権)と社員の地位(議決権)は別物。議決権は1人1票で、持分を放棄しても社員でいられます。
● 相続では持分だけが当然に承継され、社員の地位は社員総会の承認、理事長は医師免許が前提。「財産だけ相続する人」が生まれ得ます。
● 膨らんだ持分には、退社・相続・一部放棄・全員放棄という4つの出口があり、いずれも法人から資金が出ていきます。全員放棄の課税を止める仕組みが認定医療法人制度です。
次回シリーズ第3回は、認定医療法人制度の中身を具体的に見ていきます。
【免責事項】
本記事は、医療法人制度および相続税・贈与税に関する一般的な情報提供を目的として作成したものであり、特定の事案に対する税務判断や専門的助言を提供するものではありません。
記事の内容は2026年9月の法令、通達、税制改正等に基づいていますが、今後の法令改正や行政解釈の変更により、記載内容が適用できなくなる可能性があります。
本記事の内容の正確性・完全性について保証するものではなく、読者が本記事の情報を利用したことにより生じたいかなる損害についても、当事務所は一切の責任を負いません。
医療法人の持分、認定医療法人制度、相続税評価、納税猶予制度等は、個々の法人の状況や出資者構成により結論が大きく異なります。実際の検討にあたっては、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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