医療法人の相続シリーズ③持分なし医療法人への移行
医療法人の相続シリーズ第2回では、評価額が増加した持分には4つの出口があり、そのどれを選んでも医療法人から資金が流出する、というところまでを見ました。
今回は解決策である「持分なし医療法人への移行」を取り上げます。
移行のルートは2つあり、どちらを選ぶかで結果が変わります。ポイントを絞って整理します。
1. 移行の前提は「出資者全員が持分をなくすこと」
持分なし医療法人への移行とは、定款から持分に関する規定を削除し、出資者全員が自分の持分をすべてなくして、それを医療法人に帰属させることです。
一部の出資者だけが持分をなくす形では移行になりません(残った出資者へのみなし贈与になるだけです)。
移行後の類型は、次の4つです。移行後は後戻りはできません。
● 一般の医療法人(持分なし)… シンプルな形態
● 基金拠出型医療法人 … 持分の全部又は一部を「基金」に振り替える形態
● 特定医療法人 … 国税庁長官の承認。法人税の軽減税率あり
● 社会医療法人 … 都道府県知事の認定。本来業務の法人税非課税など
2.「法人に課される贈与税」
出資者全員が持分を放棄すると、その持分は医療法人に帰属します。すると税務上は、各出資者から法人への「みなし贈与」があったものとして扱われます。
ここで登場するのが相続税法66条4項です。
個人が持分の定めのない法人に財産を贈与した結果、その親族等の相続税・贈与税の負担が不当に減少すると認められる場合には、その法人を個人とみなして贈与税を課す、という規定です。
問題は、持分あり医療法人の多くが同族経営だという点です。
この規定の適用除外要件(役員等に占める親族等の割合が3分の1以下であることなど)を満たすのは、現実にはかなり難しい。
その結果、「医療法人を守るために出資者が自ら持分を放棄したのに、その医療法人に多額の贈与税が課される」という事態が起こります。
移行が長年進まなかった大きな理由が、これです。逆に言えば、この課税をどう回避するかが移行スキームの中心論点になります。
3. ルート① 定款変更による方法(従来型スキーム)
都道府県知事から定款変更の認可を受けて移行する方法です。移行先は一般の医療法人か基金拠出型が中心になります。
この方法でみなし贈与税を課されずに移行する(非課税移行する)には、相続税法施行令33条3項と個別通達に定める厳しい要件を満たす必要があります。とくに同族経営を維持したまま非課税で移行しようとすると、次のハードルがあります。
要件 | 内容とハードル |
親族要件 | 役員等に占める親族等の割合が3分の1以下。同族経営ではなくなる。 |
運営組織の適正性 | 理事6人以上、監事2人以上。 |
社会的存在としての規模 | 一般的な診療所では規模を満たせない。 |
これらを満たせないまま移行すると、後の税務調査でみなし贈与税を課される可能性が高くなります。
「定款を変えただけで移行できた」と思っていたら数年後に多額の課税を受ける、というのが従来型スキームの最大のリスクです。
なお、特定医療法人や社会医療法人へ移行する場合は、移行時に法人へのみなし贈与税は課されません。ただし承認・認定の要件が厳格で、移行後に同族経営を続けることはできません。事実上、親族での承継を諦める選択になります。
4. ルート② 認定医療法人制度を利用する方法
平成26年度税制改正で導入され、現在の移行の主流になっているルートです。厚生労働大臣の認定を受けて移行計画を進めます。メリットは大きく4つあります。
① 同族経営を維持したまま移行できる
特定医療法人や社会医療法人に課される親族要件(親族等が3分の1以下)は、認定医療法人の認定要件に含まれていません。親族で運営を続けながら持分だけをなくす、という選択ができます。ここが実務上、最も大きな違いです。
② 法人へのみなし贈与税が非課税になる
平成29年度税制改正で、移行期間内に出資者全員が持分を放棄した場合、法人が受けた経済的利益に対するみなし贈与税(相法66④)を課さないという特例が創設されました。第2節で見た最大のネックが、ここで解消されます。
③ 移行の途中で相続が起きても対応できる
出資者同士で協議している最中に、出資者が亡くなったり贈与が発生したりすることがあります。そうした場合に備え、出資者やその相続人に対する納税猶予・免除、税額控除の特例が用意されています。移行検討中の「不慮の相続」に対する安全網です。
④ 手続きが進めやすく、後の税務リスクも低い
厚生労働省が推進役であり、移行計画の認定事務は医政局医療経営改革課が担当します。申請・審査が進めやすく、移行後に税務調査で課税を受けるリスクも低いとされています。
5. それぞれのルートを並べて比較する
移行手段 | 移行後の類型 | 法人への贈与税 | 同族経営の継続 |
認定医療法人制度 | 一般の医療法人/基金拠出型 | 非課税 | 可能 |
定款変更(従来型) | 一般の医療法人/基金拠出型 | 課税(非課税移行には厳格な要件) | 可能(ただし非課税移行なら不可) |
定款変更(従来型) | 特定医療法人/社会医療法人 | 非課税 | 不可 |
この表のとおり、「法人への贈与税が非課税」と「同族経営の継続」を両立できるのは、認定医療法人制度になります。
6. 「基金拠出型」という中間的な選択肢
持分のうち一定額を「基金」に振り替え、残りを放棄する形で移行する方法もあります。
拠出者は、基金の額面相当額の返還請求権(劣後債権に類似した権利)を持ちます。
●基金に利息を付すことは禁止されています
●評価は額面。純資産がいくら増えても基金の価値は増えないため、相続・贈与でも税負担が膨らみません
●返還額が額面に限られるので、法人の財政基盤への影響も小さく抑えられます
「全部を手放すのは踏み切れない」という出資者にとって、拠出した元本相当分だけは将来返還を受けられる余地を残しつつ、評価額の膨張という問題を断ち切れる点が実務上の魅力です。ただし返還は剰余金の範囲内であり、請求すれば必ず返るものではありません。
ただし、基金への振替は税務上「放棄」とは扱われない
ここは誤解が生じやすいところです。基金拠出型を選べば移行時の課税がなくなる、という話ではありません。基金に振り替えた部分と放棄した部分では、税務上の扱いが分かれます。
基金に振り替えた部分 | 放棄した部分 | |
法人へのみなし贈与税 (相法66④) | 対象外(法人にとって返還義務のある債務であり、確定的な利益ではないため) | 課税対象。認定医療法人制度を使えば非課税(措法70の7の14) |
個人の財産 | 額面相当額の返還請求権が残る | なくなる |
※移行の協議中に相続が発生し「個人の相続税の納税猶予特例」を利用している特殊なケースでは、基金に振り替えた部分は免除されず納付が必要になるという注意点もあります。
なお、基金の額を当初の払込出資額より大きく設定すると、超過部分について出資者個人にみなし配当(所法25)の課税が生じ得ます。また、従前の出資割合と異なる比率で振り替えると、出資者の間で贈与税(相法9)の問題が生じます。実務で「当初の払込出資額の範囲内で、従前の持分割合どおりに」振り替えることが多いのは、この2点を避けるためです。
整理すると、移行時の課税を止めるのが認定医療法人、移行後の評価額の膨張を止めるのが基金拠出型です。
7. 実務上の進め方
認定医療法人への移行は定款変更の手続だけで終わる話ではありません。おおまかには次の順で進みます
1. 持分の評価額を算定し、放棄した場合・しなかった場合の税負担を比較する
2. 出資者全員の意向を確認する。一人でも反対すれば移行できません。ここが最も時間のかかる工程です
3. 移行後の類型(一般か基金拠出型か)と、基金に振り替える金額を決める
4. 移行計画を作成し、社員総会で議決したうえで、厚生労働大臣の認定を申請する
5. 社員総会での定款変更決議、都道府県知事の認可を経て移行
6. 移行後6年間、運営に関する要件を維持し、毎年、厚生労働大臣に報告する
スケジュールの目安(令和8年度税制改正後) 認定を受ける期限 … 令和11年(2029年)12月31日まで。審査期間を見込んで早めに申請します。 移行の完了 … 認定を受けた日から5年以内 移行後の要件維持 … 6年間。認定取消しの時期や適用した特例に応じて、法人への贈与税の課税や、個人の猶予税額と利子税の納付が生じる場合があります。出資者間の合意形成に1〜2年かかることも珍しくありません。逆算すると、着手は早いほど選択肢が広がります。 |
8. まとめ
●移行時の課税を止めるのが認定医療法人、移行後の評価額の膨張を止めるのが基金拠出型です。
●移行の前提は、出資者全員が持分をすべて放棄すること。一部だけの放棄では移行になりません。
●放棄された持分は法人に帰属し、原則として法人にみなし贈与税が課されます(相法66④)。同族経営の医療法人では適用除外要件を満たしにくく、これが移行の最大の壁でした。
●従来型(定款変更)で非課税移行するには、親族3分の1以下・理事6人以上・規模要件などの厳しい条件があり、同族経営との両立は困難です。
●認定医療法人制度なら、同族経営を維持したまま、法人へのみなし贈与税を非課税にできます(措法70の7の14)。移行中の相続にも納税猶予の備えがあります。
●持分なしから持分ありへの後戻りはできません。一方通行の判断であることを踏まえた検討が必要です。
【免責事項】
本記事は、医療法人制度および相続税・贈与税に関する一般的な情報提供を目的として作成したものであり、特定の事案に対する税務判断や専門的助言を提供するものではありません。
記事の内容は2026年10月の法令、通達、税制改正等に基づいていますが、今後の法令改正や行政解釈の変更により、記載内容が適用できなくなる可能性があります。
本記事の内容の正確性・完全性について保証するものではなく、読者が本記事の情報を利用したことにより生じたいかなる損害についても、当事務所は一切の責任を負いません。
医療法人の持分、認定医療法人制度、相続税評価、納税猶予制度等は、個々の法人の状況や出資者構成により結論が大きく異なります。実際の検討にあたっては、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。
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